2026/06/26
お知らせ
「お客様からの理不尽な要求やクレームは、これまでも現場が何とか対応してきた」
「うちは小さい会社だから、対策と言われても何をすればいいかわからない」
こうした受け止め方をしている経営者・人事担当者は少なくないかもしれません。しかし、2026年10月1日からは、状況が大きく変わります。
2025年6月11日に公布された改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が、すべての事業主に課される法的な義務となります。これまで多くの企業で「現場の忍耐」や「個人のスキル」に委ねられてきたクレーム対応が、今後は会社として体制を整え、組織的に対応すべき課題として位置づけられることになります。
2026年2月26日には、事業主が講じるべき具体的な措置の内容を示した指針(令和8年厚生労働省告示第51号)も公表されており、対応すべき内容はすでに明確になっています。
重要なのは、この義務化に企業規模による猶予措置が一切設けられていないことです。パワーハラスメント防止対策が義務化された際には中小企業に一定の経過期間が設けられましたが、今回のカスハラ対策には、そうした経過措置がありません。労働者を1人でも雇用していれば、対象になります。
この記事では、中小企業の経営者・人事担当者が今回の義務化を正しく理解し、就業規則・社内規程にどう反映すべきかを解説します。
以下に一つでも当てはまる場合、今回の義務化への対応が必要です。
一つでも当てはまる場合は、以下の内容を確認しておくことをおすすめします。
カスハラ対策は、方針を掲げるだけでは足りません。相談窓口、対応手順、従業員への周知まで含めて整備する必要があります。
厚生労働省の調査では、過去3年間に顧客等からの著しい迷惑行為(カスハラ)について労働者から相談があったと回答した企業の割合は27.9%にのぼり、前回調査から8.4ポイント増加しています。また別の調査では、過去3年間に勤務先でカスハラを一度以上経験した労働者の割合が15.0%という結果も出ています。
カスハラは、従業員の精神的・身体的苦痛を引き起こし、休職や離職の直接的な原因になります。深刻な人手不足が続く中で、「カスハラから従業員を守れない会社」は、従業員の定着・採用力という観点からも大きなリスクを抱えることになります。
これまで、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントについては事業主の防止措置義務が法制化されていましたが、顧客等からのハラスメントについては明確な法的義務がありませんでした。今回の改正は、この空白を埋める形で、職場におけるハラスメント対策の枠組みにカスハラを正式に組み込むものです。
なお、同じ改正により、就職活動中の学生やインターンシップ生等に対するセクシュアルハラスメント(就活セクハラ)への対応も同時に義務化されますが、本記事ではカスハラ対策を中心に解説します。
実務で最も悩ましいのが、「正当なクレーム」と「カスハラ」の境界線です。すべての苦情をカスハラとして扱ってしまうと、顧客対応そのものが機能しなくなります。

厚生労働省の指針では、以下の3つの要素をすべて満たすものを、職場におけるカスハラと定義しています。
顧客、取引の相手方、施設の利用者など、事業に関係を有する者からの言動であること。BtoCの一般消費者だけでなく、BtoBの取引先からの言動も含まれる点に注意が必要です。
業務の性質等に照らして、社会通念上許容される範囲を超えたものであること。
たとえば、暴行・脅迫・土下座の強要、長時間にわたる拘束的な言動(不退去・居座り)、性的な言動、執拗な繰り返しの要求、SNSへの悪評投稿をほのめかす発言などが典型例として挙げられています。
重要なのは、要求の内容自体に正当性があったとしても、その伝え方が悪質であればカスハラに該当するという点です。「商品に不具合があったのは事実」でも、土下座を強要したり長時間拘束したりすれば、それは正当なクレームではなくカスハラです。
その言動により、労働者が精神的・身体的苦痛を受け、就業環境が悪化し、業務遂行に看過できない支障が生じること。
判断にあたっては「平均的な労働者の感じ方」、つまり同様の状況に置かれた社会一般の労働者が看過できない支障を感じるかどうかが基準とされます。
指針では、顧客等からの苦情がすべてカスハラに当たるわけではなく、社会通念上許容される範囲で行われた申し入れは正当なものであるとも明示されています。
また、障害のある方からの合理的配慮の要望は、それ自体カスハラには当たりません。障害者差別解消法に基づき、事業者には合理的配慮の提供義務があるため、過重な負担とならない範囲では適切に対応する必要があります。この点を現場の従業員にも正しく理解させておくことが、誤った運用を防ぐポイントです。
2026年10月1日以降、企業は指針に基づき、以下の措置を講じる義務があります。大きく分けて4つの柱があります。

社内報・パンフレット・社内ホームページ等の広報資料に、カスハラに対して毅然とした態度で対応し、労働者を保護する方針を明記し、配布等によって周知することが求められます。
また、自社で発生しやすいカスハラの例や、サービス対応のコミュニケーション不足等がカスハラの発生原因・背景になり得ることも周知する必要があります。
労働者からの相談に適切かつ柔軟に対応できるよう、相談窓口をあらかじめ定めて周知し、担当者が内容に応じて関係部門と連携できる仕組み・マニュアル・研修を整備することが求められます。
ポイントは、相談対象を「明らかなカスハラ」だけに限定せず、「カスハラかどうか判断が微妙なケース」についても広く受け止めるべきとされている点です。
なお、指針上の「相談」には苦情も含まれており、既存の苦情処理窓口やハラスメント相談窓口と一体的に設置することも認められています。 新たに専用の窓口を一から作る必要はなく、既存の体制に「カスハラも対象である」ことを明記し、周知する形で対応できます。
相談があった場合、事業主は事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害を受けた労働者への配慮措置(被害者と行為者を引き離す、メンタルヘルス相談への対応等)と再発防止策を講じる必要があります。
必要に応じて警察への通報や弁護士への相談を行うことも、対応の一環として想定されています。可能な限り労働者を一人で対応させないこと、必要に応じて管理監督者等が代わって対応することも求められます。
結果としてカスハラと認定されなかった場合でも、方針・ルールの再周知や職場環境の改善を行うことが望ましいとされています。
過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられる行為について、あらかじめ対処方針を定めて周知し、その方針に基づいて対応できる体制を整える必要があります。
具体例としては、警察への通報、警告文の発出、法令の範囲内でのサービス提供拒否・出入り禁止、仮処分命令の申し立てなどが挙げられています。
今回の義務化に対応するためには、就業規則・ハラスメント防止規程・相談対応マニュアルなど、社内ルールの見直しが重要です。具体的には以下の点を確認してください。
多くの企業の就業規則には、パワーハラスメント・セクシュアルハラスメントに関する防止規定が既に存在します。しかし、その規定が社内(従業員間)のハラスメントのみを想定しており、顧客等からのカスハラに対する会社の対応方針が明記されていないケースが少なくありません。
カスハラに関する会社の基本方針(労働者を保護する旨)・相談窓口・対応の流れを、就業規則または別規程(ハラスメント防止規程)に明記する必要があります。
▶ ハラスメント防止規定の基本的な考え方や就業規則への落とし込み方は、就業規則に盛り込むべき基本ルール5選|社労士がトラブル防止の視点から解説もご参照ください。
相談窓口の担当者・連絡方法・対応の流れを規程に明記し、従業員に周知することが求められます。窓口が形だけ存在していて従業員に知られていない、というケースは指導の対象になり得ます。
相談窓口は、設置するだけでなく、誰に・どのように相談すればよいかを従業員が把握している状態にしておくことが重要です。
カスハラの相談をしたこと、または事実確認に協力したことを理由に、相談者や協力者に対して不利益な取扱い(解雇・降格・減給等)を行うことは禁止されています。この点も規程に明記しておくことが望ましいです。
警察への通報・サービス提供拒否・出入り禁止などの対応方針をあらかじめ定めておくことで、現場が悪質なケースに遭遇した際に判断に迷わず行動できます。これは就業規則そのものよりも、業務マニュアル・対応フローとして整備することが実務的です。
今回の義務に違反した場合、事業主は労働局からの報告徴求、助言、指導、勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名が公表される可能性があります。
法的な制裁だけでなく、対応を怠ることによる経営上のリスクも見過ごせません。
「クレーム対応は接客業の宿命」として先送りすることは、もはや経営リスクそのものです。
施行日は2026年10月1日です。体制整備には一定の時間がかかるため、早めの準備が必要です。
現在、クレーム対応がどのような体制で行われているか(相談窓口の有無、マニュアルの有無、過去の悪質クレーム事例の有無)を整理します。
カスハラに対して毅然とした態度で対応し、労働者を保護するという会社の方針を明文化します。
相談窓口の担当者を決め、対応の流れ・関係部門との連携方法を整理します。
ハラスメント防止規程にカスハラへの対応方針・相談窓口・不利益取扱いの禁止を反映します。
▶ 就業規則・規程の見直しにかかる費用・期間・流れについては就業規則の作成費用・期間・流れを社労士が解説|費用相場と依頼手順をご参照ください。
方針・相談窓口・対応マニュアルを従業員に周知し、必要に応じて研修を実施します。
Q:従業員が数名の小さな会社でも対応が必要ですか?
A:はい、必要です。今回の義務化には企業規模による猶予措置が設けられておらず、労働者を1人でも雇用していれば事業主として対象になります。
Q:取引先からの厳しい要求もカスハラに含まれますか?
A:含まれる可能性があります。指針では、行為主体をBtoCの消費者に限定せず、BtoBの取引先からの言動も対象としています。要求の伝え方が社会通念上許容される範囲を超えていれば、取引先からの言動であってもカスハラに該当し得ます。
Q:正当なクレームとカスハラの判断が難しい場合、どうすればよいですか?
A:判断に迷うケースについても、相談窓口では広く受け止めることが望ましいとされています。一人で判断せず、社内の相談体制・マニュアルに従って複数人で対応することが基本です。また、専門家に個別の事案について相談することも有効です。
Q:すでにハラスメント防止規程がありますが、それで足りますか?
A:既存のハラスメント防止規程が社内のパワハラ・セクハラのみを想定している場合、カスハラへの対応方針が明記されていない可能性があります。規程の対象範囲を確認し、必要に応じて顧客等からのハラスメントへの対応を追記することをお勧めします。
Q:対応が遅れた場合、具体的にどのようなリスクがありますか?
A:労働局からの指導・勧告の対象となり、勧告に従わない場合は企業名が公表される可能性があります。また、カスハラを放置した結果従業員が精神疾患を発症した場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるリスクもあります。
Q:自社の従業員が、取引先など他社の従業員に対してカスハラを行った場合はどうなりますか?
A:今回の指針では、自社の従業員が他社の労働者に対してカスハラに類する言動を行った場合、その他社から事実関係の確認等への協力を求められたときは、応じるよう努める努力義務が定められています。カスハラ対策は「顧客から自社の従業員を守る」だけでなく、「自社の従業員が他社に対して加害者にならないようにする」という視点も含まれています。研修や周知の際は、この両方の側面を伝えることが望ましいです。
今回のカスハラ対策義務化のポイントを整理します。
カスハラ対策は、単なる法令対応ではありません。従業員が安心して働ける環境を整えることは、人手不足が続く中での人材定着・採用力の強化にも直結します。
Jinji Compass 社労士事務所では、就業規則・ハラスメント防止規程の見直しから、相談窓口の整備、社内方針の策定支援まで対応しております。
以下のようなご相談を承っています。
という場合は、初回相談無料で承っています。お気軽にご連絡ください。
参考資料
・厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令和8年厚生労働省告示第51号、令和8年2月26日付)https://www.mhlw.go.jp/content/001662625.pdf
・厚生労働省「令和7年労働施策総合推進法等の一部改正について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/zaitaku/index_00003.html
・厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/assets/pdf/cusuhara_manual.pdf
・政府広報オンライン「カスハラとは?法改正により義務化されるカスハラ対策の内容」https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html